2016年12月 1日 (木)

スズキはね・・・。

11/21  22:42スズキはahiraa2goさんに見守られながら旅立って行った。
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前日、送られてきた画像を見て、台湾にいた私は、「帰国したらすぐに湯河原へ行こう。」そんな気持ちになっていた。目はピカピカしているのに、淀んでいるというか、何度もアヒルを見送っている私は、何だか予感がしたんだ。

10月には、2度も、スズキに会えていた。
29日、また湯河原へシッターへ向かっていたのです。

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いつものようにチョコンと、スズキ。
ミルワームを手からツンツンツン、と食べていた。

あるひとチャイが寄ってくると、ツンツン「あたしの!」とアピール。
ウコちゃん達も寄ってきた、「みんなと一緒ね」次から次へとミルワームを手のひらへ注ぎ足した。

10/8の日は、チャイとあるひ、ウコ組を先に2Fへ連れていった、
スズキが「あたしは?!」と言わんばかりに「ガァガッガッガッ!!」とたまに叫ぶ。
自由に歩くことのできないスズキに何かあってはいけないと、慌てて1Fへ戻った。

だから、29日は一番先に2Fへ連れて行ったんだ。
だけど、「何故?!あたしだけここにっっ?!!!」と、叫ぶ。

「ガァガガガガガガーーーー?!!」(誰かぁぁっぁぁっぁぁ?!)
「ガガガガガガァーーーーー?!」(みんなどこぉっ?!)

はいはいはいっっ

こんなこと、今までにもあったね。私が仕事から帰ってくると、首を伸ばして見ている。
「スズキ♪」呼びかけると、また首を伸ばしてコクリコクリと、挨拶をしているようだった。

それが楽しくて、何度もひつこく繰り返したりで・・・。

スズキと過ごした日々は、いろんなことがあった。
埼玉県で保護されたときは、「もう永くないのかもしれない。」 そう、思っていた。
剥げた皮膚には、虫がたかるほど劣悪な環境にいたスズキ。

見かねた方がそこから連れ出し、病院へ連れていってくださった。「スズキ」はその方が呼んでいた名前。
名字の鈴木さんからきてるのか、ニックネームなのかは不明のまま。

一歩進んではコテっ、立ち上がってはヨロヨロ、コテン。
トコトコ歩くことはできなかったけど、悲壮感がなかった。
クゥ~~ンと、かすれた甘えた鳴き声にツブラナお目目、抱っこすれば脚の爪でイヤイヤする。

29日は、ahiraa2goさんのお部屋で、嘴ゴシゴシしたら、
スクっと立ち上がっていたね。

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「じゃぁ、行くね。」と、部屋から出るとき首を伸ばしていたね。

帰り道、スズキのいる真鶴の風景を撮ったんだよ。

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ここに来ればスズキに会えるって。

でも、まだ遠く離れていた私には、あの海が見えるあの場所に行けば、会える気がします。そう思っていてもいいよね。

スズキ・メロン 享年11歳(推定)

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2014年9月12日 (金)

ガーの最期。

今朝、抱っこしたガーは、

「やめろっさわるなっ」と、迷惑そうな顔。

水に浸けたお米をバシャバシャと何度も嘴に運んでいた。だから、大丈夫。

お日様が羽根を乾かしてくれる。

やっと晴れたね。

お気に入りの場所に降ろした途端、ズリズリリ、と大羽根で移動。

ガーはモクモクと移動を始めた。

隅の隅まで移動したけど、それ以上は進めないよガー。

嘴が半開きになり、舌を出し始めた。

ダメだっそれはダメだよっガー!!!

大羽根に力を入れながら、ガーは何度も何度も上半身を反らしながら羽ばたいた。

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7:50永眠

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大津波に遭ったはずなのに元の居場所に戻ってきたと、新聞の記事になったガー。

震災から2週間後のことでした。

半年後、足の腫れたアヒルがいるとの連絡を受け、その後このアヒルは震災のあった街を眺めていたあの画像のアヒルだと知る。

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こんなにボコっと腫れていた足首は、我が家で過ごすうちにすっかりと治っていった。

やっぱりこのアヒルは何か持っているわ・・・。

いつもご飯をいっぱい食べたくて、ネットを飛び越えご飯を狙っていたガーちゃん。

お腹に溜まった水は苦しかったね。

苦しくて立てなくなっちゃったもんね。

瞑った目からポロポロと、二粒。

涙じゃないとわかっているけれども・・・

今までガーを支えてきてくださったあひるネットワークの皆様や、募金をしてくださった方々に感謝致します。

ありがとうございました。

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2013年11月21日 (木)

上様・・・頑張ったね。ahiraa2goさんありがとう・・・

湯河原の会員ahiraa2goさん宅、上様が亡くなったと・・・昨日のfacebookで報告がありました。

上様は2009年2月に上野公園で保護され、そのまま動物愛護センターへ送られ引き取り保護を待っていたアヒルさん。保護されているアヒルがいることを知ったのは、東京の会員さんが愛護センターの掲示板を観ていてくださっていたからでした。

3時間近くかけて息子さんと引き取りに向かったahiraa2goさん。まだ若アヒル君とみた私たちは1歳くらいだろうと判断していましたが、その後・・・上野公園で上様が確認されていた情報よりもう少し上の2歳~3歳とみていました。

http://www.geocities.jp/yayo_pipi/ahinet_034.htm

保護時より足裏には酷い趾瘤症があり、立つこともやっとだったのです。

http://www.geocities.jp/yayo_pipi/ahikamogacho_029.htm

ahiraa2goさんは、自分のバレエ経験を生かし「こんな工夫をしたら、痛さを和らげてあげられるのではないか・・・」といろいろ試され、記録を残されています。

http://www.geocities.jp/yayo_pipi/ahikamogacho_029.htm

“趾瘤症が固くなり、地面に足をつけない状態なので直接地面にふれないように魚の目保護パッドでタコの回りをぐるっと覆い、傷パワーパッドを付けインドメタシンクリームを塗り、テープでぐるっと巻きます”

アヒル飼いの治療、特に趾瘤症に関しては飼い主さんの知恵やアイディアによって多くの治療法が発案されてきました。体重の重たい北京ダックには足裏や関節のトラブルはその後のアヒル人生にも大きく関わってきます。

歩けなくなる、立てなくなることは床擦れという次へのトラブルが待っている・・・

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2009年12月の上様、さんちゃんと仲良くペアとなっていました。

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“アヒル飼いになる”本でも、さんちゃん・徳ちゃんと共に元気な若アヒル姿を披露しております。

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2010年2月、ahiraa2goさんは「いいひのき枝はないか?」と枝切りハサミを持ち、車を走らせ、上様や徳ちゃんの敷き床用にと伐採に励んでおりました。(エライよ)

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↑2010年2月のツーショットです。

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2012年3月のツーショット↑すっかりお座りアヒル君に・・・いつも青々とした新しいひのき枝が敷かれていました。

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2012年3月の上様、テーピングで脚を固定させています。足裏が直接地面に触れることがないので、傷みを和らげる他ばい菌も防げます。

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2013年4月 ahiraa2goさん幹事神奈川県アヒルさみっと時の上様。さんちゃんも徳ちゃんもいなくなった庭でチャイたちコールダックを見守る毎日でした。

「最期は眠るようにゆっくりでした。

今はやることがなくなって茫然自失状態です。」

お座りアヒルのお世話は、本当に時間の取られる日々です。出掛けることもままならず、出掛ければ夕方まで帰らなくては!!!と、時間にも追われがちに・・・。ご飯や小屋の掃除、敷き床や水浴び・・・やることが山ほどあるからです。

日を浴びたアヒルは、本当にいい匂いがします。

自由に歩けないアヒルたちにはお日様が大事なのです。

ahiraa2goさんのfacebookで「良い天気」「青空」との天候の記事が多いのはそのせいですね・・・。

今年初めにさんちゃんが天国へ逝ってしまった翌日、私はahiraa2goさんの落胆した姿を見て、大変だったねありがとう・・・と言うのが精一杯でした。きっと、さんちゃんも感謝しているよと・・・。そして今、上様もさんちゃんの元へ逝ってしまった。

さんちゃん、上様、徳ちゃん・・・

アヒルの寿命は短い。

長生きできない子たち。

完治できないトラブルを持ったアヒルでも、少しでも傷みを和らげ、安全で清潔に過ごさせてあげたい。

そして・・・

最期の看取り役になるとの覚悟も要るのです。大きな喪失感も多く経験します。

ahiraa2goさん、感謝です。

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2013年8月 1日 (木)

~沖縄のAL~

7/26沖縄在住のHatsuさんから悲しいお知らせが届いていた。

北海道で大怪我をして片翼を無くしたALは、一年くらい前に病気でもう片翼も失っていた。両翼を持たないアヒルでも嘴を上手に使い、特別な介護を要することもなく日々過ごしていた様子がfacebookで覗えた。ん?それは、ALだったからできたことなの・・・?

ALがHatsuさんの住む沖縄へ移住してから10年が経とうとしていた

http://www.geocities.jp/yayo_pipi/pipi_024.htm

と、いうことはRockが亡くなってから10年過ぎている。と、いうことになる。

http://www.geocities.jp/yayo_pipi/pipi_021.htm

Rockが亡くなったときに一人暮らしをしていたHatsuさんに「大丈夫?辛くない?側に居てくれる人はいる?」と心配して電話を掛けたことを思い出した。それほどRockとHatsuさんは一体だった。

今、Hatsuさんは沖縄で幸せに暮らしている。旦那様と多くの友達に囲まれ過ごしています。そして画廊喫茶の女将さんという職業を始めている。

時が過ぎるのは早いね・・・ALに会いに行って追い掛け回されたことが懐かしいよ。Hatsuさんは逃げ回る私を見て「大袈裟な・・・」と呆れていたよなぁthinkその頃、雄アヒルを飼ったこともなく慣れていなかったのだよ・・・gawk

http://www.geocities.jp/yayo_pipi/pipi_032.htm

ALさよならだね。10歳は長寿さんだよshineALshine

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2013年6月 4日 (火)

動物公園へ引き取られていたアヒル君~訃報~

2008年に掲示板にて相談のあった雄アヒル君。

こちらでは報告を続けておりましたがhttp://ahirunetwork.sns.fc2.com/exec/member/blog/view/234138/

5/30に園長さんから悲しいお知らせが届きました。

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室内飼いだったこの雄アヒル君は、飼い主さんへの発情が激しく早急に手放したいと切羽詰まった状況になっていました。すぐには新しい飼い主さんが見つからず、この公園に引き取っていただくことになったのです。

その後、公園内の家禽たちの居場所で他のアヒルたちと一緒に過ごしていたのですが・・・雄同士の争いが激しく。一時は別の場所で飼育されていたようですが、容態が悪化し亡くなりました。7歳~8歳になっていたと思います。

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北京ダック雄2羽 スウェーデンアヒル(黒)雌1羽の3羽の群れに入り込んでいて、別の群れは、アイガモ雄2羽北京ダック雄1羽。ガチョウ6羽。と、3つにはっきりと分かれていました。

雌が少ないことが気がかりなだけで、綺麗な水を巡回させ清潔に飼育されています。

昨日、伺ってみると

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ガチョウ3羽、アイガモ雄2羽、北京ダック雌1羽(くるりん毛が確認できないが雄1か?)

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雌ガチョウ・・・かな?

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羽根どうした・・・?こちらも雌ガチョウさん

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隅っこのアヒル君がいた場所には、小柄な北京雄2羽とスウェーデンアヒル雌1羽がいました。雄アヒル君がいた群れです。

安全が管理されている場所でも、夜間までは大勢の家鴨たちの行動を把握することが難しいのだと思います。以前にも「野外の貯水池で近隣の方たちとアヒルを飼っていたのですが、亡くなってしまい新しくアヒルを数羽迎えたい。」との募集で、別々の場所から雄のみ3羽をその貯水池へ放したことがありました。

日中は穏やかに餌を貰い過ごしていたのですが、夜間に2羽と1羽で2つの派閥に分かれてしまったようで、1羽は2羽からの攻撃を受け亡くなってしまったのです。衝撃的でした。

脚や胴体の傷を見て、こんなにもアヒルは獰猛なのかと思い知らされたものです。

あの川にはアヒルがいるから、仲間がいるから大丈夫。などとアヒルを放してしまう方たちには、アヒルたちが群れを作って暮らし、派閥があるのだと知って欲しいです。可愛がっていたあなたのアヒルは過酷な争いの中に身を投じることとなるのです。

すぐに仲間になどなれません。

それは、保護アヒルの面倒を見続けている我が家でも起こっていたことです。激しい争いはなくても先住アヒルが1番、次に入ってきたアヒルが2番・・・とアヒルたちはわかっているのです。

ぴぴに絶対服従だった琢磨を「女子アヒルに興味がないアヒル」と思っていたのに、ぴぴが亡くなり、真理ちゃんが来た途端・・・雄アヒルの力を発揮し交尾三昧だったことから、縄張りや派閥は野外だけではない。と感じました。

同じ時期卵から孵ったというアヒルたちを東京の船頭さんのところで見たのですが、その群れははっきりと2つに分かれていました。その2つの中にはトップの雄アヒルが個々にいて壮絶なガンの飛ばし合いをしていたのです。

「こっちにくるな!」

「お前こそ!こっち覗くな!」みたいな・・・(゚∇゚ ;)

どこでどう群れが分かれるのか、興味深いものがあります。

********アヒル君のご冥福をお祈りいたします*********

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2013年1月 1日 (火)

さんちゃん・・・。年始めに

作夜、これから年が明けるという頃・・・

ahiraa2go家のさんちゃん(北京ダック5歳2ヶ月)が天国へ逝ってしまった。

先日ahiraa2goさんにお会いしたときに、さんちゃんの容態が思わしくないと聞かされていた・・・。ahiraa2goさんの寝室に寝床を作り、夜も看病をされていた矢先でした。

湯河原方面へ用事があったので、お花とお線香をさんちゃんの元へ届けることに・・・。西湘から見える海は真っ青で空は突き抜けるような青空。

さんちゃんは、2007年10月にあひるネットワークの方へ、『新しい飼い主さん募集』として投稿された“雛アヒル”でした。募集理由は、

「ペットショップで何も考えずに買ってしまった。ベランダも無いマンションで日も当たらず、彼にとってよい環境ではない。1羽にすると大鳴きするので近所にも迷惑が掛かってしまう。」だった。

この募集内容は、

●安価で衝動買いしやすい

●雛時の日光不足が原因からのくる病発症

●集団住宅での鳴き声のトラブル

「アヒルを飼いたい」と相談される方に、事前に伝えておきたい注意項目が詰まっていた。購入してみたが、飼えなくなったというよくない事例。

実際にさんちゃんは、雛時の栄養不足、日照時間がなかったことなどが原因で脚は湾曲したままでお座りアヒルとなった時間は早かった。

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さんちゃんは、日の当たるahiraa2goさんの部屋で眠っていた。ふっくらした顔や羽根は今でもむっくりと起き上がるよう・・・可愛いよさんちゃん(´-` )

庭では、男子のみとなってしまった北京軍団がヒソヒソと何か内緒話しをしているようだった。

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さんちゃんは、募集当初は『雄』だったはずが、成長するにつれ女子アヒルだったと判明。その後上野公園で保護された上様、と徳ちゃんがやってきて

さんちゃんを巡る恋のバトルは炸裂していたね。

もう痛いことなんてないよ。また日の当たる場所でウコちゃんやチャイたち、上様と徳ちゃんの側で一緒に居られる。ちょっと眠るだけだよね・・・

さんちゃんのご冥福をお祈りいたします。

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その後、神社でお参りを・・・・

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「すべてのアヒルたちが今年も健康に暮らせますように・・・」

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「おいおいスズキ・・・新年の挨拶するで~」

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「今年もよろしく~ガー」

「あたちもよろしく~」

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2012年3月11日 (日)

3.11という日/真理ちゃんとの別れ。

春が近づいてきたように暖かくなったかと思っていたら
冷たい雨の日が続く・・・

3月がやってきた。
センちゃんが天国へ逝き、大きな震災が日本を襲った3月。

「何もできない」
大きな無力感。

去年の今日は小さい頃から伝えられていた
「東海大地震」がとうとうやってきたのだと思った。
地表が揺れるだけでなく、空気が澱む。空中も揺れていた。
終わりなのか・・・・?

庭にいた真理ちゃんとスズキは様子をジっと伺っていた。
咄嗟に抱っこして建物から離れたんだ・・・

「助けなきゃ」

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2/27真理ちゃんが逝ってしまった。
我が家にきて4年半、何歳なのかはわからないまま。

ここ1年くらいお隣さんの畑にジャンプし駈けずり回ることもなく
ジーと座っていることが多くなっていた。
関節はやや腫れていたが歩けないほどではなかった。
尻腺付近の膨らみが少し気になっていたくらい・・・
zoofoodはいつも一番早くたいらげるくらい食欲もあった。

静岡に迎えに行き受け取った後、
真理ちゃんはケージの中でおとなしくしていた。
たまに覗くとピカピカした目でこちらを見ていた。
家に着きケージから出すと琢磨が襲わんとばかりに突進してきたことを思い出す。

腫れあがっていた足は、すぐによくなっていった。
真理ちゃんは港付近の公園でウサギたちと過ごしていた路上アヒルさん。

夏で熱を持ったアスファルトにいたことがよくなかったのかもしれない。海に入って水浴びをすることもなく、水にはまったく入ってなかったらしい。
家に着くとプラフネに入って嬉しそうに水浴びしていた。

琢磨と脱走を何度も強行し、庭の畑から下の道路に落ちること数知れず・・・。
ちぃを引きつれお隣さんの畑を散策しどこかに身を潜め、
真理ちゃんは鳴き声も出さずに隠れていたことがあった。
それを朝の出掛けにやられ・・・会社を遅刻しそうになったよ。

スズキがきて、
そしてセンちゃんがやってきた。
どの子がきても真理ちゃんのほうが健康なので
真理ちゃんはいつも二の次だった。

「あたしはこうしたいのよ。」
そんな自己意識が強いアヒルでした。
でもぴぴとは違う。わがままだけではない。
芯の強い子だった。

黒く奥深く光る目はいつも私を見ていた。
本当は思いっきりギューとし、頬ずりしたいくらいなのに
真理ちゃんは抱っこをガンとして拒否していた。
野外で暮らしていたせいだけではない。
元飼い主にどのように接しられていたのかわかってしまう。

「人間なんか信用しないよ。」
抱っこをすると物凄く嫌がり「ガーっ」と大きな唸り声をあげ、大羽根に力を入れバタバタと逃れようとしていた。

でも、いつのまにか抱っこすると嘴を脇にうずめ「クククク・・・」と大人しくしているときもあった。愛おしかった。幸せな時間。

朝、小屋のシートを捲るとき
真理ちゃんの「ゴゴゴ・・・」という鳴き声が今も聞こえるようです。

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アヒルたちの安全と健康を見守り、
看取っていく・・・
保護アヒルのほとんどは、容態が平常ではないので
一緒にいられる期間は短いかもしれない。と、わかっていても

腕の中で力尽きていくアヒルたちの最期は何度迎えても慣れることはできない。

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数日後めずらしく積もるくらい雪が降った。
でも真理ちゃんも眠っているアヒルたちのお墓には、ポッコリと雪が避けられていました。

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スズキはおそるおそる雪を踏みしめ・・・

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アヒルたちの居場所は雪で覆われてしまい・・・

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ガーはかまくらに入っているかのようにいつもの木の下でジーっとしていた。

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真理ちゃんがいなくなった後、庭に出たスズキは「ガーっ」と叫び

ガーは「くわぁーくわぁー」と鳴き始め、真理ちゃんを探していた。

そんな2羽は、「残った者同士力を合わせていこうね。」

そんなように思っているのか、寄り添っていることが多くなりました。

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大きな災害が日本を襲った3.11から一年・・・。
ガーはどんな思いで逃げていたのか、
3.11を迎えるにあたり、繰り返し流れる津波の映像。
そんな中逃げ回り助かったガーを改めて「奇跡だ。」と思わずにはいられません。

ガーは何事もなかったような顔をしているけど・・・・。

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2011年3月 6日 (日)

~旅立ったセンちゃん~

センちゃんのハァハァという呼吸は、深呼吸をしているように大きなものに変わっていった。

朝、リンゴ、トマト、zoofoodの入ったご飯のzoofoodだけ綺麗に平らげていた。

食欲があるから大丈夫。

日当たりの良い場所でセンちゃんの様子を眺めていた。
センちゃんは首を曲げてうずくまるような恰好で目をつむり、
いつもの ンググzzz・・・

でもいつもと違うのは、
ハァハァという大きい呼吸。

抱っこしていると脇に嘴をうずめ、
体をダラリとさせていた。

「ぐぅぅぅぶぅぅぅ・・・」
センちゃんの独り言。

お日様。

センちゃんのハァハァ・・・

風が吹く。

センちゃんのハァハァ・・・

体の位置を変える。

センちゃんのぐぅぅぅぶぅぅ・・・

夕日に包まれたセンちゃんは、
長い舌を出したりひっこめたりし始めた。

「センちゃんご飯だよ。」

大好きなfoodだけ入れたご飯入れに
嘴だけを浸けていた。
潤んでいる目。

この光景は以前も経験したことがある。

アヒルは旅立つ時、大羽根を広げ
バサバサと大きく羽ばたきをする。

だから

抱っこしているのが怖かった。

呼吸が静かになり、センちゃんは大きく何度も羽ばたきをした。

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昨日先生から、よい状態では無いと告げられたことが気になる。
朝起きてすぐに洗足池からセンちゃんを連れて来られたアリスさん、
報告投稿者のショコラさん(両現会員)に連絡を取っていた。

センちゃんに会いに来てください。

「明日なら伺えます。」
そんな想いも届かず、センちゃんは急ぎ足で旅立ってしまった。

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東京からアリスさんがやって来てくださり、
一緒にセンちゃんのお骨を拾いました。

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お骨は、アリスさんがお持ちになられています。

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センちゃんは洗足池に還るんだ。
肺も苦しくない。
羽根も大丈夫。
足も治ったよ。

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夕日の富士山を何度も一緒に眺めたね・・・

この木の下はセンちゃんのお気に入りだった。
センちゃんは隠れようとズルズルと移動するのだけど、
お尻が丸見えだ。

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白いセンちゃんが夕日に染っていくのを見つめながら
いつかはさよならがくると覚悟していた。

センちゃん・・・

まだ
ここにいればいいのに

いてよかったのに

3月5日 17:30 センちゃん永眠

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<<<募金のご協力をしてくださった皆様へ>>>

ご支援ありがとうございました。改めてお礼申しあげます。

センちゃんの治療費用は、このブログでも随時お伝えしていましたが、
6回の通院で合計\57,435-でした。
残金は、このままセンちゃんのような治療の必要な保護アヒルたちの治療や薬の費用にさせていただきますのでご了承ください。
今後の用途につきましては、こちらの年度末会計報告をご覧ください。

http://www.geocities.jp/ahiru_net2/news/news.html

心より感謝致します。

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2010年10月29日 (金)

独りぼっちになった真理、旅立ったちぃ。

悲しいことが続く・・・

“死”はこんなに簡単に訪れてしまうものだったの?違うよね・・・

あんなに暑かった夏、我が家のアヒルたちも会員さんのアヒルたちからも熱中症の症状や、弱ってしまった、重病だなどという報告は一切なかった

なのに・・・
夏が終わった途端にその悲しいお知らせは重なることになる

琢磨が天国へ逝ってしまった5日後に今度はちぃちゃんが旅立ってしまった。

「こんなことあるの・・・?」

朝、小屋から出てこようとしたちぃちゃんは座ったまま立てないでいた
お尻からは丸く赤い腸のようなものが出ていたので、すぐに異常に気が付く。

応急処置として患部を体内に戻そうと抱っこをすると
ちぃの首や水掻きには力が無くダラリとしていた

おかしい・・・?!!!
「待って!ちぃ!どうしたの?!!!」

ちぃは、大きく羽ばたきをした。

保護したときから歩行が大股で正常ではなかった。
琢磨が亡くなった後、健康体の真理は歩くことの少なくなったちぃちゃんに度々ちょっかいを出していた。
琢磨がいなくなって上下関係を決めようとしていたのか・・・?
幾度かちぃをマウントしようと攻撃的になっていたことが気になっていた。

メス同士でも交尾の真似事をする

異常な興奮や急激な運動後に発生が見られる直重積、卵管脱よりも直腸脱の可能性がある

画像と状況からそう判断された。

1羽だった琢磨は、たったの3羽の群れでもリーダーだった
次にやってきた真理ちゃんは一切逆らわなかった。
そして、その後からきたちぃちゃん、
足が不自由な琢磨よりも体も大きく体力もあっただろうに
先にいた2羽の後をいつもくっついていた。
3羽だけど小さな派閥が出来ていた。

琢磨がいなくなった後、小さな争いがあってもおかしくなかった
それが仲良くしていたメスアヒル同士でも・・・

真理は悪くない。
それを予想できなかった私のせいだ。

また別の原因があったのかもしれない。

どっちにしても気が付けなかった私が悪い。

いつもいつもちぃは、
私が抱っこすると苦しそうな声で叫んでいた
擦れた鳴き声で・・・
人間が恐かったのか、
抱っこが嫌いだったのか

今もわからない。

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2010年9月16日 (木)

いきなりやってきた秋、琢磨の死。

琢磨が天国へ逝ってしまった

朝、庭で採れたプチトマトを何個も何個もほおばり、
大きめのトマトをこぼしてはまた口に入れていた

いつもの居場所でいつもどおりだった

大羽根を使って動こうとする琢磨は、
何回も地面に羽根を擦り付けてしまうので
柔らかい砂を盛り牧草でフワフワにしていたが、
何故か琢磨は一生懸命に動き、どこかへ移動しようとしていた
隅っこが好きなのかと思い移動させてあげると
また大羽根と嘴を使い反対方向へ移動しようとする

「琢磨はどうしたいの?」

琢磨が勢いよく羽根を叩き迫ってくるので
ちぃはよく叫んでいた

「ガァガァガァっ!(もうこっち来ないでよ)」

今朝もそうだった・・・
琢磨が羽根で掻いた砂がかかるのが嫌なのか
迫ってきた琢磨が気に入らなかったのか

「ガァ~ガァ~ガガッ!」と
かすれた声で訴えていた
騒がしいので見てみると嫌がるちぃに
突っついて琢磨は主張していた

「俺はこっちに行きたいんだよっ」

「琢磨~?そんなに近寄ったら ちぃが動けなくなっちゃうよ」

そう言いながら砂が多い場所に移してあげた

夕方帰宅すると琢磨は朝居た場所から
少し離れたところまで移動していた
羽根で砂を掻いていた跡があった

嘴も使って一生懸命に進もうとしたのか
その場で琢磨は冷たくなっていた
すぐにドライヤーで温めた
だけれどもその体はもう硬くなっていた

猛暑対策の日除けで取り付けた簾が
雨除けになっていた

冷たい雨・・・
いきなりやってきた秋

ぴぴのときとは違う
命が消えそうな目ではない
クリクリとした王子様系の目のまま

いつもの琢磨だよ

だけど「くわぁ~」という声が聴けなかった

君は一体何歳だったの?
寿命が君を連れて行ってしまったの?

今、ぴぴに逢えている?

「あんたいつまで待たすの?
真理ちゃんとちぃちゃんに囲まれて
随分とハーレム気分を楽しんでいたようね?

あたしはそうはいかないわよっ」

そんなぴぴの声が聞こえてきそうだよね
琢磨・・・

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「くわ~ぁ」って鳴くからクワッキー

凛々しい姿から“圭一郎”(ゴルファー)

いろんな名前候補があったけど、太い首に小さい顔

なので“琢磨”(レーサー佐藤琢磨)になったんだよね。

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琢磨はぴぴに優しく話しかけていたね

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アヒル慣れしていないぴぴが戸惑っていたのが面白かった

こんな風に一緒にいるのかな・・・・?

あれから4年も経つんだ。
人間に見放され、足が不自由、アヒル同士の虐めに遭っていた琢磨

「また人間が信じられる日までずっと待つよ」

そう思っていたけど琢磨はすぐに私に懐いてくれた


抱っこが好きなお坊ちゃまアヒル君。

可愛がられていたのだとすぐにわかった

だから・・・


どうして?という気持ちが今でもある

どうして?

あの場所に置いていけたのって・・・

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